人生を動かすフレーズ4:まず先に自分を正しく整えてから他人に指摘せよ。そして他人に指摘したことは自分も実行せよ。

 

名言4

 まず先に自分を正しく整えてから他人に指摘せよ。そして他人に指摘したことは自分も実行せよ。

 

 このフレーズについて今回はご説明したいと思います。まずハッキリと申し上げる事とこれが実際に実行出来ている方は人間として超一流のお方です。私も肝に銘じていてはいるのですが気を緩めてしまうとこの言葉に背いてしまっていたなと後々感じる事が多々あります。それでは参りましょう。

 

 他人に対してあれこれ指摘する事はとても簡単です。例えばあなた自身が会社や学校なら部活で上の立場の人間であったとします。そして新しく入ってきた新人を見るとやはり抜けている所が目についてしまうんですね。そこを指摘してあげるというのは先輩として当然でありそのあなたの指摘のおかげで後輩は育っていくわけです。それはとても良い事ですし社会はそうやって後を継ぐものを成長させてきたという事で間違いないかと思います。しかし、読者様にもこのような体験はございませんか。ある時上司、先輩から指摘を受けます。その時に「ちぇ。あなただってそれ出来てないじゃないか。この間だってあなた私と同じ事してたのに私には怒るんだね。」という様なことです。実はこのように、指摘した側もその指摘内容が完璧に出来ていない事は多々あるのです。それは人間は完璧でいられる生き物ではないですし、ミスや間違いはどんなに年月をかけて己を磨いた人間にもある事です。我々はロボットではないですからね。しかしその間違いを指摘する時、自分にも同じように言い聞かせている方はどれほどいらっしゃるでしょうか。他人のミスは見えやすいですが自分のミス、欠点は己では見えにくいものです。前の記事でも申し上げましたが、人間は己の事は肯定的に甘く見てしまう為どうしても指摘していて実は自分もその部分は2流であるという事はもしかしたらあなたにもある事なのかもしれません。

 

 では指摘するなということかと疑問を持たれる方もいらっしゃるかもじれませんが、断じてそうではありません。ここに私事で恐縮ですが、私が他人に注意する際の流れを例として書かせて頂きます。

 

 まずその他人が過ちを犯したなと思った際、すぐに注意するのではなくまず過去の自分を思い出すのです。すると同じようなミスをした過去を思い出します。この時何故自分はこのような過ちを犯してしまったのか、その時の周りの環境はどうだったか、自分の心境はどうだったかを瞬時に己に問いかけるのです。それからその他人に話しかけます。その時に「~さん違うよ。そうじゃないこうやるんだ。」という言い方は私は好みません。「なんで何度言ってもわからないかな~」などご法度です。ちなみに何度言っても分からないなと仰ってしまう方は自分の説明に原因があるかもしれないと己に問いかける事をお勧め致します。そうではなくあくまでも私の場合ですが「~さん。それはこうするともっと上手く事がすすむかもよ。私も過去に同じようにやってしまった事があるのだけど~という原因があるから上手くいかなかったんだ。だから今度からそのようにやってみなさい。」と指摘するようにしています。まず、そのお相手だって必死に生きているわけです。その結果ミスとなってしまった事をすぐパッと否定してしまう事はそのお相手の努力を踏みにじる事に繋がってしまうことも多いのです。否定するのではなく、「~したら~になるね。」という法則を教えてあげるのです。そうすることでお相手もこれが原因で何がいけなかったのかが明確になり、自分で自分を律するようになります。お相手がただ否定されたと感じてしまった場合、それが怒りや憎しみとなり自分を律するどころか指摘したあなたに反感を持つという負のスパイラルに陥ってしまいます。これでは何も意味がないですね。そして指摘する中で自分にも言い聞かせるように「私も過去同じようにしてしまった。」と付け加えるのです。その私の過去の教訓もそこで添えれば、お相手にとっても良い教訓となります。

 

 私のは一例ですが、他人を律し己を律する。他人を見て悪い部分や、指摘すべき箇所を発見したらただそれを指摘するのではなく自分も同じような所はないかと自分を見詰め直し、それから指摘する。そうするだけであなたの指摘はお相手にとってもご自身にとっても良薬となる事でしょう。

 

平穏な兎より