人生を動かすフレーズ10:水が一滴ずつでも滴り落ちるならば、水瓶でも満たすことが出来る。

名言10

 水が一滴ずつでも滴り落ちるならば、水瓶でも満たすことが出来る。

 

 今回なのですがなんだかんだで私の人生を動かすフレーズシリーズも10回目を迎えました。そこで読者様には申し訳ないのですが今回はこの私に対してこのブッダさんのフレーズを言い聞かせたいと思います。このブログを書いている私に対しての説教はお見苦しいかと思われますがご承知下されば幸いです。

 

 平穏な兎よ。お前は仕事がある時も時間を作ってこのブログを書いているな。だか時々お前はこう考えてしまう事がある。「果たしてこのブログに意味はあるのか。私の努力は実は無意味なのでは。」「どんなに頑張って書いても誰も見てくれないんじゃないか。」と。まだまだ未熟だなお前は。お前は薄々気がついているはずだ。このブログは他人の為であると同時に自分の為であると。時折あの辛い頃の努力をお前は忘れそうなるがそうならない為に書いているというのが大きいだろう。常に励む事を忘れない事、それが今のお前にとって大事なのだ。今は誰もこんなちっぽけなブログ見られないかもしれない。だけどそれでいいじゃないか。このブログを書いている時間はそういう意味で決して無駄ではないのだ。

 

 水が一滴ずつでも滴り落ちるならば、水瓶でも満たすことが出来る。お前の好きなフレーズの1つだな。お前も知っての通りこれはどんなに小さな事でもそれを毎日毎日積み重ねれば必ず大きなものとなるという意味だ。このブログの1記事はその水滴だ。コツコツその水滴を水瓶に垂らし続ける事がお前のやらなくてはならない事だ。それを辞める事、それこそが1番あってはならない事なのだ。誰も読まないかもしれないし誰の役にも立たないかもしれない。だが結果はどうでも良い。その過程を、今を大事にしなさい。今こうして自分にむけて問いただすこの瞬間。誰かに伝えようと再びブッダさんのフレーズに触れてもう一度考えるその瞬間。それを大切に思って毎日水滴を垂らす事が、未来のお前に繋がるのだ。そしてこのブログにおいてだけでなく、お前の人生もそうやって怠る事無く進み続けるのだ。それを忘れるな。

 

平穏な兎へ